前回レンズの解像度について述べました。まあ、結局のところ解像度は画質の判断の一つの要素であると説明したつもりです。
つまり、高画質の要素は他にいくらでもあります。まあ、そこは置いといてカメラの撮像素子のことを少し。
まあ、レンズによる画質の差というものは非常にリリカルなもので、わたしら凡人には解り難いものがあります。
基本的には数字でなかなか表しがたいし、数字が伴わないことも多々あります。だから、やらない。
それに比して撮像素子は数字がメインなので、極めて解りやすい。もちろん数字と画質が比例するとは限りません。
そういう点だけリリカルなジャジャ馬ではあります。
キヤノンはコンデジの画素数をG11では1470万画素から1000万画素に落としました。これはあまたの策略が読めてきます。
コンデジはずううっと1000万画素が続いて、1200万画素になりやや停滞し安定期になったと思われます。
しかし、どうも実際はそうではないらしい。
昨今の感度競争、とりわけローノイズの画質を実現するには、やや画素ピッチが足りなくなり、お仕着せの撮像素子では生き残れなく
なってきたのではないかとtokyoは考えています。画質の良さは解像度ではないと判断を下したことは英断でしょう。
巷は相変わらずAPS-cが発売され、キヤノン1D系は久々にリニューアルしてEOS-1D MarkIVを発売しました。
このタイプはAPS-Hサイズでややサイズが大きく、画素数は1610万画素と前モデルよりは大幅にアップしました。
これで、
各社も一眼レフ及び一眼のカメラの撮像素子の画素数は以下のようになります。
なおファインダー視野率は全て「約」がつきます。
同じメーカーによる画素数の選択肢はそれほど多くはないのが良くわかります。
2000万画素以上はフルサイズが占めています。
ついこの間まで1000万画素もあれば充分と言っていた諸氏は、
猛反省をしなければなりません。今や1000万画素では明らかに解像度が不足していると
言わざるを得ません。パソコンのモニターが24インチ、テレビは40インチオーバーの
時代になっているのです。
tokyoが言い続けているように、解像度はいくら高くてもかまいませんし、そのために画素を
上げるのは必要なのです。ノイズなど電気的なことは技術で解決できるのです。
そういう意味では、まだまだ開発途上でありまだまだ努力が必要なのも撮像素子の世界
なのです。軽薄短小はこの世界には似合わないのです。
600万画素の時代が随分長くて、
画質はこれぐらいあれば充分と言われた時期がかなり長く続きました。
考えて見ると、テレビも低解像度でしたしパソコンもいらいらするほど遅くモニターも
15インチの時代がそうでした。液晶モニターになっても一般のものはひどい画質でした。
今やテレビもデジタルになり周辺の機器は驚くほど進化しました。
600万画素はもとより、1000万画素や1200万画素の時代は終焉を迎えようとしていると考えなければなりません。
さらなる高感度・低ノイズ化を進め、3000万画素常用の時代に向かわなければならないのです。
現在のデジタルカメラは、決して見えるものが見えているとは言えません。虚飾の部分がまだまだあります。
それはレンズも然りです。
本当の高解像度とは「何も付け加えず、何も削らない」素のままを再現することを言うのです。
多くの技術者は、この難題に日夜挑戦していることでしょう。