コロナ対策も、旧統一教会問題も安倍元総理の国葬問題も、
どれもが失敗の選択と言えましょう。
メディアに叩かれ、国民に叩かれる。 多分に正しいことならば、
誰も攻撃はしないされる分けもありません。
どこかの国の侵攻とは違います。
いわれなき攻撃はあってはならないし、
逆を言えば火のない所に煙は立たたないのが真理です。
失敗を隠そうとすればするほど、綻びのようにただただ広がってしまいます。
岐路に立ったならば、どちらかを選ばなければいけません。
何とかしようとするのは、凡人の考えです。
少なくとも人の上に立つのならば、共倒れだけは防ぐべきでしょう。
政治は、信頼の上に成り立っています。
それが揺らいではいけませんね。
民主主義なのだから、多数の意見は尊重されて然るべきでしょう。
民意とは、総意とはそうあるべき。
独断と偏見では、国家も危うくなり兼ねません。
百歩譲っても、今は国葬をやるべき状況ではありません。
旧統一教会問題に蓋はできません。
この問題、真摯に考えて行動しないと自民党の未来は無いようにも思われます。
「過ちて改めざるこれをを過ちと言う」と言いますね。
「過ちはだれでも犯すが、本当の過ちは、過ちと知っていながら悔い改めないこと」
と言う意味です。
裸の王様と言う事もあります。
他からは丸見えなのに、自分では可笑しいことに気づかないと言う事でもあります。
失敗を素直に認め、
悔い改めたならば禍を転じて福と為すことも可能でしょう。