誰が言い出したのかは知りませんが、なになに~なりますは若者言葉であり
バイト用語だという。 なるほど、そう来たかと。
「なります」は「です」と同義語に使われていて、国語をお勉強した輩には
気に障るらしい。 弁当を手渡されて「弁当になります」と言われれば、
へっ、これから弁当になるわけ?出来てるのにと言いたくなるのです。
あんた、「なりますじゃないでしょ」「でございますでしょ」と
言い改めさせたくなるのです。
これは、ガラパゴス思考排除論と言います。
まあ、ありていに言えば「なる」は鳴ると成るの2択。
この場合弁当は多分鳴らないので、成るが正しい選択肢。
成るが存在するので、丁寧語の「でございます」はそれこそガラパゴス用語と言える。
成るとは、完結系つまり物事の成就形を指し示す。 つまり「出来上がった物」
そのものを意味する。 弁当はこれから作られるものではなく、出来たもの
つまり完成の完結品なので「なる」は正しく正論であり的を得ている。
「でございます」とか「です」は択一の選別されたものを指す言葉。
サンドイッチと弁当があれば、これが弁当でございますになる。
もちろんどちらも完結品であるので、こちらがサンドイッチになります
こちらが弁当になりますと言う言い方は、全く正当であり言い換える必要もない。
ねじれた太古の国語教育で志向が停止しているから、そんなことを言うのですよ。
和製英語やら造語は、数知れないほど存在して市民権を得ています。
「まじ?」や「あざーす」なんて、便利で良く使ってはしないか?
もっと言うならば、言葉の省略形や短縮形はごまんとある。
マックと言えば○○のことだし、スーパーと言えばスーパーマーケットの事でしょう。
バイクも車も実は、正しい言い方ではありません。
それらに市民権が与えられ、「なります」が駄目だなんてどうかしていると思います。
もっと言えば、ジーパン。 これって間違った言い方の最たるもの。
しかも、昨今ではホテルもジーパンでの入館もさほど問題にされない。
多数が推して、市民権を得たと言うことです。
自分たちの都合の良いように、言葉は変えて使い固定化させていく。
キャラ弁は可笑しな造語だけど、さして非難はされない。
そんな言葉、放送業界でも日常に使っていますよね。
なりますが鳴りますではなく(勿論成増でもなく)、完結を表すなりますならば
その言葉のどこが問題なのかと言うことですよ。的を得て正確そのものでしょうが。
それを若者言葉とかバイト用語とか言うのは、差別以外の何物でもありません。
商品なんて見ればわかるもので、言葉の節ふしに難癖付けても
弁当は決して美味しくなりませんよ。
なりますって言われたら「東京です、あざーす」て返しなよ。
そこに笑いが生まれても、敵意は生まれないと思う。