オーディオは歪との戦いそのもの
信号をデジタル変換すると歪が生じる、この歪は変換誤差のことである。アナログ信号を完全に変換することは不可能なので、誤差分が歪となり音に影響を与える訳である。この歪は元々になかった歪である。
CDプレーヤーではこの量子化歪を減らすために、CDの元周波数44.1KHzを8倍にオーバーサンプリング(352.8KHz)するデジタルフィルターを搭載する。
初期の製品にはなかったが、1984年頃にはソニーが2倍のデジタルフィルターを搭載。初期のDACは当然ながら16ビットである。1986年には4倍。1987年には8倍を採用したが、DENONも同年8倍を採用している。データの補間を行う初期のALPHAプロセッサーは1995年の機器には既に搭載されている。オーディオ回路で問題になる、ゼロクロス歪と呼ばれる歪も問題になった。これはDENONが独自の方法で解決している。なおテクニクスも1987年同様の方式を独自に開発採用している。テクニクスもヤマハも1988年8倍オーバーサンプリングを採用。1988年は8倍オーバーサンプリングの元年であったと言える。当時のDACは20ビットに達しておらず18ビット、ほとんどがバーブラウン社製であった。1989年ヤマハではマルチビットを止めて1ビットDACを採用している。1998年までが1ビットDACであった。その後はマルチDACに戻っている。
オンキョーも1990年から2001年までは1ビットDAC、現在はマルチビットDACである。SACD開発の大御所、ソニーは1990年1ビットDACを採用、SACDの登場の1999年までが1ビットDACであった。
なお、DENON、パイオニア、マランツは全くと言っても良いほど1ビットDACは採用していない。
高級機メーカーであるアキュフェーズも1986年には2倍、1987年は4倍、1988年から8倍オーバーサンプリングを採用している。1ビットDACは採用していない。
この1ビットダックの採用とオーディオの衰退が同時期であるのが興味深い。
また、バブル景気が崩壊(1991年)した低迷期(1993年まで)とも重なる。実際は景気は回復せず、低成長安定期となる。オーディオのブームはバブル崩壊と共に消えたと言っても良い。SACDは不運なスタートを切ったのだ。デジタルオーディオがパソコンの普及、高性能化によって浸透するようになったのはつい最近、17年間程の大きな低迷期を過ごしたのだ。その間に多くのメーカーは姿を消ことになる。残ったメーカーもオーディオの部門は縮小撤退を余儀なくされている。
継続はやはり力だろう。
再生機器であるスピーカユニットも、多くの歪を発生させる。分割振動がそれである。スピカーは素材により共振周波数が決まる。
ウーファーのコーン紙はバラバラに振動する(分割振動)のは低い周波数で発生し、スコーカー、ツイターも順次口径が小さくなっていくので分割振動は高域にずれ込んでいく、2ウエイや3ウエイなど帯域を分割するのは単に周波数特性のためではなく、分割振動のためであると言っても良い。
素材により共振周波数が異なり、硬い素材ほど共振周波数は高い。人間の可聴域にこの共振周波数があると、非常に聞きづらい音になる。
ツイターは口径が小さいので、分割振動は超広域で発生する、それが再生限界である。音は音速なので、硬い素材程早く音波は伝わる。
それで、素材はマイラーフイルムからアルミ、チタン、ベリリュウム、マグネシュウム、ボロン、ダイヤモンドなどざまざまな振動板が開発されてきたのである。それぞれの素材には短所、長所が存在する。
多くの素材はアルミが多い。安価で製造しやすかったからである。また共振周波数も可聴域の20,000Hzを超えており(およそ23,000Hz)、再生周波数は50,000Hzと広域で問題はないとされてきたのである。しかし、この分割振動が可聴低域にも影響があると理解されるようになった。歪を生じさせるというのである。それで、より硬度の高い(音速の早い)振動板が模索されるようになったのだ。これにより共振周波数は40,000Hz以上に上げられ、可聴域での影響は減少する。しかし、硬い物は形成が困難なのは言うまでもない。聞こえないとされていた帯域に、コストを掛ける訳である。
また硬いがゆえに、スコーカーとの繋がり、音質差は問題となった。実は特性上には現れない問題を多くは見過ごしていた。
マルチスピカーではネットワークでスピカーをクロスさせる。6dbや12dbのフイルターでコロスさせるのだ。この際クロスの中心では音圧が均等になるように、それぞれが6dbなり12db減衰した所でクロスさせる。振動板の素材が同じならば、音速も同じなのでスムーズに繋がるが、異種の場合は音速の違いにより音速の早い物が勝ることになる。この影響は20db低下までは避けられないだろう。人間は20dbの低下は聞き分けられない。
そこに違和感を感じた訳である。そこで、スコーカーも同種、と言う訳にはなかなかいかない。振動板が硬質になるのは、低域の再生帯域が狭まることにもなるからだ。鈍重なウーファーとのつながりが問題となる。そこで、ウーファーの口径を小さくして複数配置するなどの工夫がなされるようになる。
しかして、オールメタルコーンのシステムが採用されることになる。
現在生産の最新鋭のスピカーはもう紙ではない。中低音部のスピカーはツイターと異なり、振幅は大きく取らねばならない振動は直ぐに消えないと困る。つまり大きいものほど、振幅のおさまりには時間がかかるのだ。これには強力なマグネットと、優れたエッジの開発が不可欠。
ツイターの問題はスピカー全体の問題でもあった。
かくして、広帯域の低歪率のスピカーシステムは完成する。
しかし、問題が露見する。広帯域のスピカー、ツイターは過大入力を与えると焼損するのだ。これはスピカーユニットにローパスフイルターをかませば済むのだが、その分音質は阻害される。
ハイレゾ対応の時代になり、この対策でアンプには100,000Hz以上をカットするローパスフイルターが採用されるようになっていると聞く。
回路図を見ていないので分からないが、メーカーによっては、50,000Hzのフイルターを課している所もあるようだ。